長引くコロナ禍において、持続可能な感染対策が求められる中、免疫力を高めることが今まで以上に注目されるようになりました。そもそも免疫力とは、外から入ってきた細菌やウィルスに対する防護システムを言います。免疫力を高める生活習慣というと、睡眠、身体を温める、適度な運動、バランスの良い食事などが言われていますが、忙しくてなかなか十分な時間がとれないという方も多いかと思います。
そのような状況の中、手軽に免疫力を高める効果が期待できる乳酸菌を含んだ食品がメディアでも多く取り上げられています。乳酸菌は、人体に良い影響を与える善玉菌の一種です。人間の免疫細胞の7割は腸にあると言われおり、善玉菌を食事に取り入れることで、腸内フローラを整え、免疫力を高めることができると言われています。
今回のコラムでは、この腸内フローラの考え方を、住環境において善玉菌を含んだ洗浄剤で清掃することで、免疫力を高める効果のある空間フローラを形成するという画期的な研究をご紹介したいと思います。
※参照元:「フーズチャネル:長寿にも関連? 日本人の腸内環境は独特だった 」
「腸内における善玉菌の活用」と「空間における除菌」のパラドックス
近年、数多くの新しい乳酸菌株が注目されていますが、日本人の食生活には、もとから納豆、味噌、漬物など生きた菌を多く含んだ発酵食品が取り入れられています。実際、早稲田大学などの共同研究グループが行った、欧米や中国など11カ国の腸内フローラを比較によると、「日本人の腸内細菌叢(腸内フローラ)は、代謝機能などの生体に有益な機能を持つものが多く含まれていた。このことが、日本人の平均寿命の長さや肥満率の低さに関連するのではないかと示唆されている。」と言及しています。
日本においてパラドックスとも言えるのが、体内においては、善玉菌先進国であるにも関わらず、住環境においては、「除菌による衛生管理」が徹底されていることです。空間においても、体内と同じく、多様な微生物がフローラを形成しています。空間における善玉菌は、自然豊かな山や川に多く存在する、枯草菌や土壌菌です。枯草菌はバチルス菌とも呼ばれており、納豆菌もその一種です。空間において除菌を行うことは、一時的に病原菌を除去することができても以下のような問題があるとされています。
化学薬品による除菌の問題点
善玉菌も除去される。
菌の死骸がバイオフィルム形成の原因となる。(黒ずみ、ヌメリ)
バイオフィルムが病原菌のシェルターとなる。
除菌剤(化学薬品)に対して病原菌が耐性を持つ。
除菌剤(化学薬品)の多量な消費が必要となる。(環境問題、人体への影響)
つまり、除菌剤を使った衛生管理とは、中長期的には、腸内で言うところのフローラが乱れた不健康な環境を形成しているということが、多くの研究論文で指摘されています。
なぜ住環境において善玉菌は取り入れられなかったのか
そのような指摘があるにも関わらず、なぜ「除菌による衛生管理」が一般的なのでしょうか?腸内環境の考え方と同じく、空間においても、善玉菌を活性化することで、悪玉菌を抑制することが健全ではないかという考え方は、以前からありました。
しかしながら、空間における善玉菌の活用には、以下のようなハードルがあるため、応用することが難しいとされて来ました。
住環境における善玉菌活用の問題点(ハードル)
乳酸菌は、乾いた表面では生きることができない。⇒空間フローラには応用できない。
空間における善玉菌を製品化することが困難。(生きているので保存することが難しい)
環境が異なるため特定の善玉菌による空間フローラの形成が難しい
-体内と異なり、空間は湿度や温度の変化が激しい
-腸内と異なり、空間に善玉菌の好むエサがないことが多々ある
ところが近年、欧米の大学による研究から、上記の問題を克服する革新的な衛生管理方法が開発されました。
空間における善玉菌活用を可能にした研究と技術
厳しい環境でもフローラを形成できる善玉菌の研究
善玉菌を仮眠状態にすることで、安定かつ長期的に保存できる技術の開発
多様な環境(温度・湿度)でも効果を得るための研究と技術開発
-善玉菌の最適な組み合わせ(特性の異なる善玉菌を複数種ブレンド)
-善玉菌と善玉菌のエサ(オリゴ糖・食物繊維)を組み合わせる特許技術の開発
次に、実際に善玉菌を活用した衛生管理の実験とその成果をご紹介したいと思います。
ベルギー ゲント大学による研究論文
研究論文
「善玉菌洗浄剤を使用した病院内の硬質な表面における微生物層のコントロール」(2014年)
研究者
欧州獣医薬理学・毒性学会議 会長、ゲント大学 微生物生態工学研究室 教授ロビン テマーマン等
研究目的
①善玉菌洗浄剤の清掃による以下の効果を検証。
安定した衛生管理が可能であるか。
院内感染の原因となる病原菌※の抑制効果があるか。(即効性・持続性)
※大腸菌、黄色ブドウ球菌、カンジダ・アルビカンス菌、エンテロコッカス・フェカリス菌など
②従来の合成洗浄剤(除菌効果のある化学薬品を含む)との比較。
病原菌の抑制効果
衛生管理としての持続性。
実験場所
ベルギーとイタリアの病院(計3病院)
イタリア:サンジョルジョ病院、サンタンナ病院
ベルギー:AZローケレン病院
実験方法
使用洗浄剤を従来の合成洗浄剤から善玉菌洗浄剤に変更※
※清掃方法、清掃対象箇所は従来と変更なし
清掃対象箇所とおおよその面積
サンジョルジョ病院:部屋、廊下、床、トイレ、リハビリ用のジムなど。(対象合計面積:約12,300 ㎡)
サンタンナ病院:病棟、外来診療室、術後回復室、トイレなど (対象合計面積:約2,680㎡)
-AZローケレン病院: 老人用介護病棟の病室、床、トイレなど(対象合計面積:約1,000㎡)
実験期間
24週間
使用製品
善玉菌※洗浄剤)
※EU基準で食品にも使用許可が得られているバチルス菌2種
サンプリングの採取
対象表面のサンプルを毎週採取
同期間内に計約20,000のサンプルが摂取された。
効果/結果
病原菌の抑制効果は3-4週後に得られ(50~89%減少)、その後、衛生的な空間フローラは安定して保たれた。
抗生物質耐性を備え医療現場で問題になっているエンテロコッカス・フェカリス菌、カンジダ・アルビカンス菌は完全に除去された。
善玉菌洗浄剤から、化学系洗浄剤による清掃に戻したところ、減少していた病原菌が、善玉菌洗浄開始前の水準まで戻った。その結果から、善玉菌洗浄剤が病原菌の繁殖を抑制していたことが明らかになった。
大腸菌の減少率:合成洗剤使用時の菌数を100%とした場合の減少率
善玉菌洗浄剤と化学系洗浄剤で清掃した時の効果の違い:AZローケレン病院
空間フローラにおける善玉菌応用の時代へ
多様な疾患を持った患者が入院している病院は、衛生管理が最も難しい施設であると言われています。このような施設において、善玉菌洗浄剤に含まれる善玉菌が、病原菌を持続的に抑制する効果があるという結果が得られたのは、画期的なことであると言えます。 この研究は、2014年に発表されたものですが、「除菌」による衛生管理の考え方が根強い医療の現場において、善玉菌による衛生管理方法は、なかなか浸透しませんでした。しかしながら、長引くコロナ禍において、大量の化学薬品が衛生管理のために使用されるようになり、環境への意識が高い欧米において、このバイオ洗浄剤による空間フローラ形成の考え方急速に注目を集め、また実際に様々な施設や住居において応用されるようになってきています。 善玉菌による空間フローラが、人の免疫力を高めることに対して具体的にどのような効果をもたらすかということに関しては、今後の研究課題と言えますが、腸内フローラと同じように空間におけるフローラの形成は、免疫力を高める効果を与えることが期待されています。
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