ヒトの体内には、細菌、真菌、ウイルスなど数兆個もの微生物が生息しており、私たちの健康状態に深く関わっています。一方、生活環境そのものにも、さまざまな微生物が存在しており、同じようにヒトの健康に影響を及ぼしています。 公共交通機関では、ヒトが媒介となって微生物が継続的に流入するため、特に気密性が高く混雑した地下鉄車内では、病原体の拡散を急速な引き起こし、多数のヒトに影響を与える危険性があると指摘されてきました。 このような背景から、新型コロナウィルス感染拡大に伴い、世界中の公共交通機関において衛生管理方法が大きく見直されました。しかしながら、ヒトの出入りが多い車両において、常に新たな微生物の流入があるため、化学薬品による従来の消毒では効果が一時的なのではないかという指摘がありました。更に化学薬品を大量に使用することは、環境汚染に加え、処理された病原菌が耐性遺伝子を持つことが問題視されていました。
今回のコラムでは、2021年というコロナ禍中にイタリア ミラノの地下鉄で実際に行われた、『化学薬品消毒』と『善玉菌消毒』による衛生管理の比較調査と、その驚くべき結果をご紹介致します。
地下鉄車両における善玉菌衛生管理~イタリア ミラノ~
2021年の調査当時、ミラノの地下鉄車両では、イタリア政府が策定した新型コロナウィルス対策のガイドライン準拠し、エタノール系、塩素系、アンモニウム塩系の製品で衛生管理を行っていました。 『化学薬品消毒』と『善玉菌消毒』による衛生管理の効果を比較するため、1台の列車(A)では、従来の化学薬品消毒を継続し、もう1台の列車(B)では、善玉菌消毒を導入しました。
調査目的
公共交通機関における善玉菌消毒と化学消毒による衛生管理の効果を比較
研究論文名
「COVID-19緊急事態におけるプロバイオティクスを用いた衛生管理による地下鉄マイクロバイオームの形成:事前・事後の比較研究」“Shaping the subway microbiome through probiotic-based sanitation during the COVID-19 emergency: a pre–post case–control study”
研究機関
イタリア フェラーラ大学 化学・薬学・農学系研究科微生物学研究室 マリア・ダコルティ教等等
※ミラノ交通会社(Azienda Trasporti Milanesi, ATM; Milan, Italy)の技術科学委員会の承認を得て、共同で実施。
実験場所
同じ特徴を持つ無人運転列車2台。(同区間で運行) ※それぞれ、4車両、表面積73㎡、全長50.5m、最大収容人数約530名(96席)
実験期間
12週間(2021年9~12月)
調査方法と使用薬剤
イタリアの公共交通機関におけるCOVID-19清掃ガイドラインにおいて、化学薬品消毒を使った衛生管理が義務づけられているため、『善玉菌消毒』による衛生管理調査のための列車においても、化学薬品による処理を消毒手順から完全に排除することはNGであった。 そこで、事前に善玉菌消毒剤との適合性テストに基づき、衛生管理は以下のように実施。
【善玉菌消毒による衛生管理方法】
・従来日々の衛生管理に使われていた塩素消毒の代わりに善玉菌消毒を行う。
・エタノールとアンモニウム塩による消毒は継続。
・化学薬品消毒と同様に、善玉菌消毒にもプリプレグ布とデフュ―ザーを用いて処理。
・善玉菌消毒の処理は、エタノール/アンモニウム系消毒剤による処理の30分後に実施。
【使用善玉菌消毒剤と処理方法】
1.“グランバイオ・エコクリーナー”プリプレグ布でのふき取り消毒
2. “グランバイオ・エア”:デフュ―ザーで噴霧
*善玉菌として自然界に存在するバチルス菌を高濃度で含有
【化学薬品消毒と善玉菌消毒の衛生管理:使用薬品一覧】
サンプリングの採取
・サンプリングは、上記表T0~T5のタイムポイントで深夜走行終了後、清掃前に採取。
・各タイムポイントでは、列車のさまざま箇所で12点*採取。
*座席(3サンプル)、手すり(2サンプル)、ドア(2サンプル)、エアフィルター(2サンプル)。
・採取されたサンプルは、直ちに4℃で冷蔵保存され、24時間以内に実験室に輸送。
効果/結果
【調査期間中の乗客数】
調査期間中の乗客数はほぼ同じであったため、車両内におけるヒトが媒介となる微生物の流入の影響はほぼ同等であったと言える。
①病原体全般 T0(実験開始前)時点の列車Bにおける病原体数を100%とした場合、善玉菌消毒を継続した列車Aにおいて、病原体が表面においても、空気中(エアフィルター)においても減少した。
*T3、T5においてエアフィルターのサンプルは採取できなかったため、未計測。
②COVID-19ウィルス量
化学薬品消毒では、ウィルス量は抑制されなかった。
一方、善玉菌消毒をした車両Bにおいて、ウィルス量は継続的に抑制された。
*ウイルス量は、サンプルあたりのゲノムコピー数で表されます。
(陽性率:20μL中≧3copies/sample)、各サンプリングは、エアフィルターの有無により、10-12サンプル。
※グラフは調査レポートTable2を元に簡略化し弊社にて作成
③バチルス菌(善玉菌)の数
列車Bにおいて善玉菌消毒を継続的に行った結果、車両内に善玉菌優位の環境が形成された。
*T3、T5においてエアフィルターのサンプルは採取できなかったため、未計測。
善玉菌を活用したサステナブルな衛生管理
都市部における公共交通機関は、多様な乗客が高密度で乗車し、回転率も高いため、衛生管理が最も難しいとされています。パンデミックという緊急事態において、イタリアでも日本と同じように、乗客数をコントロールし、消毒を強化するなど多様な感染拡大予防施策が導入されました。長引くコロナ禍において、化学薬品消毒は義務付けられ、現在でも世界中の交通機関で行われています。しかしながら、今回の調査においても、化学薬品消毒の効果は、一時的でしかないということが明らかになりました。
一方、善玉菌消毒を継続的に行うことにより、車両内に善玉菌優位の環境が安定して形成されるため、外部からヒトによって持ち込まれた病原菌による汚染を防ぐ効果があることが明らかになりました。 このように、善玉菌消毒は、効果が継続するだけでなく、自然界に存在しているバチルス菌であるため、病原菌が耐性遺伝子を持つというリスクがありません。 イタリアで行われた本調査は、公共交通機関において、世界で初めて行われた善玉菌消毒による衛生管理です。今回、その効果が病原菌だけでなくコロナウィルスの抑制に効果があることが証明されたことから、サステナブルな衛生管理方法として、次世代のスタンダードとして広まることが考えられます。
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